12月の1ヶ月間。
抗がん剤は予定通り8日間で終了。
スタートから2週間後、夜中にトイレで起きた時に貧血で倒れたという母。文字通り血が足りていないから。
「ヤダ〜気をつけてね」という軽い問題ではないらしく、これからはトイレに起きるときは毎回ナースコールしてねとの指導。倒れて頭を打って脳に傷がついたり怪我をしてしまっても、今の母ではその治療に耐えられるだけの体力と抵抗力がないからだそうだ。
下旬になると髪が抜け始めた。
元々ベリーショートがトレードマークな母。
入院する前に、「どうせ抜けるのなら、処理がめんどくさくないように短くしておこうかな」と言って病院の中にある美容室へ行ったら、「そう言っていらっしゃる方が、今のお母様くらいの髪型になさってくんですよ」と言われて父と母と笑った。結局そこでは髪は切らず、ガーゼ生地のピンク色の帽子を買った。
髪が抜けること。分かってはいたけれど、その様子を見るのはやはり辛い。
下のコンビニでコロコロ買ってきて、と言う母に、なんでもないことのように「分かった〜割高じゃないといいねえ」なんて答えたけれど、病室を出たら涙がこぼれた。
毎日、育休中の姉が昼間、父と私が仕事帰りの夜19時から面会終了時間の20時までお見舞いに行く。
吐くほどじゃないけどいつもなんとなく気持ち悪い、たくさん食べたらまた胃腸炎になるかもしれなくて怖い。
そう言って、夕飯はいつも半分も食べられていなかった。昼もそんなもんだったようだ。
母は12月の1ヶ月間で6キロ痩せた。
156cmで55キロだったから元々は中肉中背。
首元と肩が目に見えて細くなって悲しかったな。
ご飯食べなと言われることはストレスなようなので私は言えない。
外のものなら食べたいものがあるようだったが、冷凍食品など、外部から持ち込んで食べてもいいものがあるなんてそのときは知らなかったので、年末年始は一時退院してよさそうだと分かると、帰ったら何を食べようか?という話ばかりしていた。